【25号書評】<5220字>スタンフォード式 疲れない体(山田知生)

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今号では『セックス』についての本を1冊は書評しようかと思ってギリギリまで探していたのだが、なにげにいいものが見つからなかったので大胆に路線を変更して『健康』についての本を取り上げることにする。

テーマはタイトルを読んで字のごとく、「疲れない体」である。

実はこのテーマに関してはぼくにも一家言あって、何を隠そう、ぼくはめちゃくちゃ疲れやすい体の持ち主なのである。というのも若かりし頃に自分の身体の神経系を修復不可能レベルまで壊してしまって、以来こまめに体のメンテナンスを心がけていないと日常生活もままならない。ふつう若い時分は、何をするにおいても無理が効きやすく、自分の体のことなんて気にしていなくてもある程度は自分の思い通りに体は動いてくれる。そして歳を重ねるにつれて少しずつ無理が効かなくなってくるのだが、そういう不具合が現れはじめて人はようやく自らの体や健康に対して興味を持ち始める。そういう道理があるのだが、ぼくはやむを得ない事情で若い時分から身体におおいなる興味を持って生きていた数少ないサンプルなのである。

 

ちなみに著者はアメリカのスタンフォード大学というスポーツ医学の権威機関に所属するスポーツトレーナーである。さらにこの御本はもうすでに10万部近く売れているらしい。しかしスタンフォードにどれだけ権威があって、内容にどれだけ正当性があって人々から支持されているかという話はめんどくさいのでいったん置いておきたい。それについては後ほど書く。まずは内容の紹介をしたいのである。

 

彼は「疲れない体」の作り方を、3つのアプローチに分けて解説している。

1、疲れの予防方法
2、疲れたときの対症療法的な回復方法
3、疲れにくい体をつくる食事方法

それぞれに1章ずつが当てられて解説されているが、今回はこの中でも一番肝の部分、1の疲れの予防方法について紹介したいと思う。

著者が提唱する疲労予防プログラム、名付けて、IAP呼吸法である!!(ドーン)

 

そもそもIAPってなに?

IAPとはIntra Abdominal Pressureの略で、日本語だと「腹腔内圧」と訳されている。お腹をグッと膨らませたときに、外側に向かっていく圧力わかりますかね?それのことです。IAPが高い状態というのは、たとえば肺に空気がたくさん入って腹腔の上にある横隔膜が下がり、それに押される形で腹腔が圧縮され、腹腔内の圧力が高まって外向きに力がかかっている状態を指す。

それで、IAP呼吸法とは、息を吸うときも吐くときも、お腹の中の圧力を高めてお腹周りを固くする呼吸法のことで、お腹周りを固くしたまま息を吐ききるのが特徴である。

 

この呼吸法の何がいいかというと、

・腹圧が高まることで、体の中心(体幹と脊柱)がしっかり安定する
・体幹と脊柱が安定すると、正しい姿勢になる
・正しい姿勢になると、中枢神経と体の連携がスムーズになる
・中枢神経と体の連携がスムーズになると、体が「ベストポジション」(体の各パーツが本来あるべきところにきちんとある状態)になる
・体が「ベストポジション」になると、無理な動きがなくなる
・無理な動きがなくなると、体のパフォーマンスレベルが上がり、疲れやケガも防げる

というロジックらしい。

IAP呼吸法は、ただの呼吸(酸素の摂取)に関する仕組みではなく、姿勢を通じて神経系へと働きかける仕組みでもあるというのが売りのようだ。腹圧を意図的に高めて体の中心を安定させ、中枢神経からの指令の伝達経路をしっかり整えることを目指すのだと。

 

IAP呼吸法の具体的な実践方法

この呼吸法の最大のポイントは2つある。それは、

1、横隔膜を下げて息を吸うこと
2、腹圧を維持したまま息を吐くこと

なのだが、これは意識してやらないと難しい。というのも無意識だとひとは横隔膜を動かさずにおこなう胸式呼吸になりやすいのである。自分の肋骨の位置が以下のような特徴を備えていたら、横隔膜は動いていない(つまり腹圧呼吸ではなく胸呼吸になっている)と考えていいらしい。

・胸骨の一番下と左右の肋骨の一番出ているところを結んだ確度が90度を超える人
・肋骨の下部が、飛び出ているような人

 

IAP呼吸法のより具体的な手順は以下のとおりである。 

 

すごい大胆に引用してやりましたわ。

著者いわく、これを眠る前の2分間実践することを習慣にしてほしいとのこと。横隔膜には自律神経が集中していて、ゆっくりとした呼吸による横隔膜の動きによって副交感神経が優位になるので、体の疲労を予防することができるのだそう。また横隔膜を動かすことで、就寝中に肩がほぐれて、朝起きたときに肩こりが軽減するということもよくあるそうです。

 

自分の体と対話すること

以下は読後の感想をつらつらと。

IAP呼吸法を少し実践してみて真っ先に思ったことは、お腹を膨らませたまま息を吐くってめちゃくちゃツラいということです。赤ちゃんのときはわれわれはみんなIAPをやっているらしいですけど、呼吸ってこんなツラいことだったっけ?笑 もしかしたらぼくはまだ横隔膜あたりの筋肉が未発達なのかもしれない。そういうわけで、ぼく自身は現時点ではこの本の内容については評価を下すことはできないのですが、今回は本の内容とは関係のないことを少し考えてみたいと思います。すなわち「正しい健康法とは一体何なのか」という問題について。

こういった健康法に関する本はえてして著者によって主張が異なって、下手したら真逆のことを言う人たちもいます。たとえば今回のIAP呼吸法では息を吐くときにお腹を膨らませたままのアプローチを推奨しているけれど、息を吐くときにお腹を凹ませる呼吸の仕方はヨガや禅なんかでは当たり前のように推奨されているアプローチです。うーん、それで結局どのアプローチが正しいの?正しいアプローチがわからないと継続すらできないんですけど?

と、そういう悩める読者たちにむかって、各々の著者たちは自らのアプローチの正当性や有効性をあれやこれやと主張してきます。いわく「科学的手法で」「スタンフォード大で」「ひとりの天才が」「4000年の歴史を誇る」「〇〇万人に実践されてる」みたいな。これもまたひとつの説得行為であると言えるでしょう。

それでこれが何を意味するかというと、健康法に関しては万人に通用する絶対的なアプローチはない(少なくとも現在の時点では解明されていない)ということ。人体とはなんと複雑で深遠なシステムなのでしょう。我々は各々が思う様々なアプローチから人体の解明に向かっているんですねえ。現在はどうやら「科学的」や「エビデンス重視」といったやり方が主流みたいですが、これは

1、外れが比較的少ない
2、外れても取り返しのつかないような被害は生じない

という要素を兼ね備えた、保守的アプローチというだけで、それが唯一無二の絶対手法であると勘違いするのはアホです。

たとえば、ぼくがかつて体を壊した時に真っ先に駆け込んだのは近所の眼科でした。
そこでは簡単な診察がなされた結果、「原因不明」と言われて大学病院へ回されました。

大学病院では、長い待ち時間の果てに、なにか大がかりな機器を使って脳の検査がなされましたが、結局はそこでも同じく「原因不明」だと言われました。

次に泣きついたのが、中野にあるボロボロの整体院でした。
そこで胡散臭いオジサンがよくわからない施術をぼくの背中にやってくれた。
これが即効性をもって顕著に効いたのです。ぼくはそのオジサンに、

「ぼくは一体どうなってるんですか?」

と尋ねてみた。そうしたらそのオジサンなんと「わからない」と言う。

わからないけど、こうやると治ることが多いんだ、と言って施術をしてくれる。それで実際に体が楽になる。しかしまた時間が経つと、体がいつのまにかバグってくる。それでまた施術に通う。楽になる。という繰り返しでした。

つまりぼくは病院にではなく、整体に救われているのです。でも世の中には、西洋医学を拒否した挙句、ヤバい民間療法にはまってガンで命を落とす人だってたくさんおります。アプローチの方法はいっぱいありますが、自分に合うアプローチは何なのかわからないのです。

ぼくが自分の経験から確かに言えることは、アプローチの手法云々よりも、どのような形であれ自分の体と対話し続けることこそが一番大事だということです。

たとえば「質の良い睡眠をとる」ためにはどうすればいいか、悩んでいる人がいたとします。
彼はネットでいろいろと情報を収集した結果、「いいベッドで眠る」のが一番コスパが良いという結論に至り、20万円ほどかけて高級ベッドを導入しました。最初にそのベッドで眠った夜はその寝心地のよさに感動して、「今まで俺はなんてクソなところで寝ていたんだろう」と思いました。その日はたしかに自分の体と対話していたのです。しかしこれが数日経ち、数週間が経ち、数ヶ月が経っていくにつれて、彼の身体はそのベッドに慣れてしまいます。慣れてしまうと、体はもうあまり声を発してくれなくなります。当たり前のように眠りについて当たり前のように起床する。毎朝「おれの体はどうだ?」と自問しなくなると、彼は自分の体に対するコントロールを失っていくことになります。アプローチ方法(高級ベッドで寝る)よりも、自分の体と対話することが大事だというのはそういう意味です。

 

イメージする力

ちなみに自分の体と対話するために必要なことその1は「イメージする力」なのかなと思います。

今回のIAP呼吸法だったら、100人中98人の人間は「横隔膜を下げる」という動きがイメージできなくてすぐに挫折すること間違いありません。でも実際に「横隔膜」が動いているかどうかはここではそんなに大事ではなくて、それよりも大事なのは、動いている姿をしっかりと自分なりにイメージしながら実践することで、たとえば以下のような動画があなたのイメージを補助してくれるかもしれません。

 

身体情報を数値化する

それから継続して取り組むコツその2は「身体情報を数値で可視化する」ことなのかなと思っています。これはつい最近になってぼくも取り入れ始めたアプローチで、きっかけは『意志力を科学する』という本を書評したことでした。(http://rdoujyou.com/kuge/review23-2 )

その本には身体情報を可視化することで意志力を発揮する手法が書かれていました。欧米ではQuantified Selfという分野が確立されてきているそうです。

たとえば最近ぼくはSpire Stoneというデバイスを買いました。
自分の呼吸を管理するためのデバイスです。

これをズボンに装着しておくことで、呼吸数をリアルタイムでカウントして集計してくれます。スマホのアプリとも連動しているので確認するのにも非常に便利です。

たとえば以下のように1分間の呼吸数や自分の緊張状態などを知らせてくれます。

 

このデバイスは、呼吸することで生じるお腹の表面の動きをセンサーで探知しているだけなので、1分間の呼吸数がわかったからといってそれがどれだけの量の酸素を吸入している動きなのかは知る由もありませんが、何かに集中して呼吸数が減ってくると、バイブレーションで知らせてくれるという機能は地味にけっこうアツいです。どうやらぼくは何かに集中するとわりとすぐに呼吸が止まるみたいで、最近は通知がくるたびに意識的に深めの呼吸をするようにしています。


一流のスポーツ選手や音楽家なんかだったら、専門のパーソナルトレーナーなんかがいて、自分の体と対話するためのいろいろな補助をしてくれるけど、ぼくら素人はとてもじゃないけどそこまでの余裕はありません。なのでこういうデバイスを使って知覚を拡張するというのは、自分の体と対話するにおいて非常に役に立ちます。

ぼく自身はなんとなくの勘で、呼吸(もっというと酸素の量)が身体の調子を推し量るためのKEYになるINDICATORだと踏んだのでこのデバイスを購入したわけですが、そういうKEY INDICATORは人によって異なるはずです。それは体温かもしれないし、血圧かもしれないし、心拍数かもしれないし、あるいはもっと違う何かかもしれません。だからいろいろと試しながら自分の体と対話していくしかない。今の時代はこうやって自分の身体情報が個人でも可視化できるようなってきたので、非常に素晴らしいことだと思っています。

(ちなみに蛇足ながら。Spire Stone ぼくはアマゾンで買いましたが、日本のamazon.co.jpで買うより本場のamazon.comで直接引っ張ってきたほうが同じモノをだいぶ安く買えるのでオススメ。それからもう少し待つと、Spire Health Tagという上位互換デバイスがどうやら発売されるぽい。興味ある人は各自調べてみて)